殿堂
生原 昭宏 (アイク生原)(いくはら あきひろ)
日米野球交流の中心的役割を果たす
昭和40年、ドジャースのウォルター・オマリー会長と親交の深い鈴木惣太郎氏の紹介により単身渡米し、ドジャース傘下のスポーケンの用具係からアメリカの野球生活をスタートした。後にドジャースのオーナーに就任するピーター・オマリー氏とは長年行動をともにした間柄で、昭和57年からオーナーの補佐兼国際担当として活躍した。巨人・中日のベロビーチ・キャンプの実現、日米大学野球開催などプロ、アマを問わず幅広い日米野球交流の中心的役割を果した。野球留学生に親身な世話をするなど多くの野球人に慕われた。
表彰年/区分 | 2002年/特別 |
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生年月日 | 1937年1月20日 |
没年月日 | 1992年10月26日 |
出身地 | 福岡県 |
出身校(高校、大学) | 早稲田大学 |