殿堂
相田 暢一(あいだ ちょういち)
“最後の早慶戦”の実現と戦後の野球復興に尽力
早稲田大学野球部に投手として入部し、のちにマネージャーとなる。昭和18年には「出陣学徒壮行早慶戦」実現のため奔走した。また、戦時中にバットやボールを集め保管、戦後これらを各校に配布したことで、早い時期の野球復興が実現した。長年高校、大学、社会人野球の審判人としても活躍。日本学生野球協会、日本高等学校野球連盟、日本社会人野球協会などで数々の要職を歴任するなど、アマチュア野球界の発展に大きな功績を残した。
表彰年/区分 | 2014年/特別 |
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生年月日 | 1921年5月19日 |
没年月日 | 2012年4月17日 |
出身地 | 北海道 |
出身校(高校、大学) | 早稲田大学 |