殿堂
フランク オドール(ふらんく おどーる)
日本の野球技術向上に尽力
昭和6年、大リーグ選抜チームの一員として来日して以来たびたび訪日、学生野球の指導をするなど日本野球の技術向上に貢献した。また、日本のプロ野球創設に協力し、大日本東京野球倶楽部(現在の東京読売巨人軍)の「ジャイアンツ」というニックネームの名付け親でもある。昭和24年、日本野球の復興期にサンフランシスコ・シールズを率いて来日、戦争で十数年間途絶えていた日米野球交流を復活させた。昭和26年にはシールズの春季キャンプに藤村、川上、小鶴、杉下氏を招待し、アメリカ野球を体験させた。昭和35年サンフランシスコ・ジャイアンツのコーチとして随行するなど、永年にわたり日本の野球発展に尽力、「日米の懸け橋」として大きな役割を果たした。
表彰年/区分 | 2002年/特別(新世紀) |
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生年月日 | 1897年3月4日 |
没年月日 | 1969年12月7日 |
出身地 | アメリカ・カリフォルニア州 |
出身校(高校、大学) |